iPX社員によるブログ

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算法少女と皈除得商術について

近況について

お久しぶりです。砂子です。このごろは知識を何如に纏めようかとか、業 務と学習の兼ね合いなどをどうするかを考えていますが、なかなか進展が 見られずなんとも面映い面持ちで日々を過す今日このごろです。

和算書について

"1足す1から現代数論へ:モジュラー形式への誘い"を読んでいる際に、第5章の最初の方 に検算の方法の一つである "九去法(casting out nines)" の使い方とその 原理が説明されていた。同様の手法は知っていたが、九去法という名称は 初耳であったため Wikipedia で詳細を調べると下記のような記述があった。

九去法 - Wikipedia より

電卓やコンピュータの普及により、九去法は最近ではあまり使われなくなっ た。日本では安永4年(1775年)に出版された和算書『算法少女』の第八問 に九去法が取り上げられている[1]。この本によれば「阿波の人が浪花にき てこの術〔九去法〕を十金で売っていた.好事家が争って求めていたとい う.」と解説されている[2]。

和算書「算法少女」というものがありそのなかに九去法が説明されている とのことである。この和算書はその名称から推察できるように日本の古い 数学の本であることは知識としては知っていたが具体的にどのようなこと が書かれているかは知らなかった。 この期に和算書がどのようなものかを 読むのもよいと考え、算法少女をWebで検索すると "和算書「算法少女」を読む" が あった。文庫本であることもあり、購入に少し読んでみることにした。

算法少女について

"和算書「算法少女」を読む" の前書きからいくつかを箇条書きにする。

  • 安永4年(1775年)に書かれた。
  • 算法少女の著者はペンネーム:壺中隠者、本名:千葉桃三である。
  • 算法少女は壺中隠者が娘:平章子に伝授したことを本にした
    • 実際に娘がどの程度関与したかは数学史家によって諸説ある
  • 全部で30題の算題(問題)がある。
  • (算法少女 2006) という同名の小説が注目されるきっかけとなった。

第1章 序文と円周率 「円周を求むる秘術の起源」

"和算書「算法少女」を読む" を読みすすめるとまず円周率の求めかたが2つある。一つ は現在でもよく知られた内接多角形と外接多角形を使用する方法である。

もう一つが「円周を求むる秘術の起源」として記載されている下記の等式で ある。

$$ \pi = 3 + \frac{3 \cdot 1^{2} }{4 \cdot 2 \cdot 3} + \frac{3 \cdot 3^{2} }{4^{2} \cdot 2 \cdot 3 \cdot 4 \cdot 5} + \frac{3 \cdot 3^{2} \cdot 5^{2} }{4^{3} \cdot 2 \cdot 3 \cdot 4 \cdot 5 \cdot 6 \cdot 7} + \frac{3 \cdot 3^{2} \cdot 5^{2} \cdot 7^{2} }{4^{2} \cdot 2 \cdot 3 \cdot 4 \cdot 5 \cdot 6 \cdot 7 \cdot 8 \cdot 9} + \cdots $$

この等式の導出方法も解説されており、それは「弧矢弦叩底」(著:忍 澄,1818)で説明されているものだそうだ。

説明のために書籍にあった図を desmos にて描いてみた。

直径をd、弦ABをc、弦 CB × CB=x1として、下記の等式を導いている。

$$ x_1^{2} - d^{2}x_1 + \frac{c^{2}d^{2}}{4} = 0 $$

しかし、その次の箇所がどうにもよく分からなかった。

これを組み立て除法で解くと、 $$ x_1 = \frac{c^{2}}{4} + \frac{c^{4}}{16d^{2}} + \frac{c^{6}}{32d^{4}} + \frac{5c^{8}}{256d^{6}} $$

"和算書「算法少女」を読む" にはこれ以上詳しくは書かれていなかった。どのように解 くのか興味をもったため少し調べてみた。

皈除得商術

いくつかのサイトや文献を調べてゆく内に "SEKI’S Method of Finding the Length of an Arc of a Circle." を見つけた。そこ に建部賢弘(寛文4年(1664年)-元文4年(1739年))が円周率を求める際に行なっ た手順が詳細に記述されていた。2次方程式からその解を近似的に求める方 法が記述されていた。その名称を皈除得商術というらしい。

この方法が "和算書「算法少女」を読む" に記された方法と一致していると考えたのは 結果の数式の係数が一致していることと書籍の図と論文の図が酷似していた ことからそうではないかと推測した。

"SEKI’S Method of Finding the Length of an Arc of a Circle." では下記の形式の2次方程式を解いている。

$$\begin{align} 4(d - s_1)s_1 = ds \\ -4s_1^{2} + 4ds_1 - ds = 0 \end{align} \qquad (1)$$

まず、準備として下記のように漢字を表のヘッダーに書き込む。

- - - -

次に下記のような対応で表の1行目に2次方程式の係数を書き込む。

  • 商 : 結果
  • 実 : 定数項の値(-ds)
  • 法 : 1次項の係数(4d)
  • 廉 : 2次項の係数(4)
-ds 4d -4

まず、最初の実を補で割る。そして、最初の商を得る。但し、商が負の場合正とする

$$ \frac{-ds}{4d} = -\frac{s}{4} $$

s/4 -ds 4d -4

最初の商と連を乗算し、補の欄に記入する。 $$ \frac{s}{4} \times (-4) = -s $$

s/4 -ds 4d -4
-s

商と補を乗算し、実を上書く。

$$ \frac{s}{4} \times 4d = ds $$

s/4 -ds, +ds 4d -4
-s

商と二番目の補を乗算し、実に書く。

$$ \frac{s}{4} \times (-s) = \frac{-s^{2}}{4} $$

s/4 -ds, +ds 4d -4
-s2 / 4 -s

商と連を乗算し、二番目の補に加える。

$$ \frac{s}{4} \times (-4) = -s $$

s/4 -ds, +ds 4d -4
-s2 / 4 -s, -s

実を相殺(cancell)

s/4 0 4d -4
-s2 / 4, +s2/4 -2s

実を一段目の法で割る $$ \frac{s^{2} / 4}{4d} = \frac{s^{2}}{16d} $$

s/4 0 4d -4
s2/16d -s2 / 4 -2s

商と廉を乗算し、法の三段目とする

$$ \frac{s^{2}}{16d} \times (-4) = \frac{-s^{2}}{4d} $$

s/4 0 4d -4
s2/16d -s2 / 4 -2s
-s2/4d

商と法を乗算し、実の二段目に追加

$$ \frac{s^{2}}{16d} \times 4d = \frac{-s^{2}}{4} $$

s/4 0 4d -4
s2/16d -s2 / 4 , +s^/d -2s
-s2/4d

二段目の商と法の二段目を乗算し、三段目の実をえる

$$ \frac{s^{2}}{16d} \times (-2s) = \frac{-s^{3}}{8d} $$

s/4 0 4d -4
s2/16d -s2 / 4 , +s^/d -2s
-s3/8d -s2/4d

二段目の商と法の三段目を乗算し、三段目の実のdiff(?)をえる

$$ \frac{s^{2}}{16d} \times \frac{-s^{2}}{4d} = \frac{- s^{4}}{64d} $$

s/4 0 4d -4
s2/16d -s2 / 4 , +s^/d -2s
-s3/8d -s2/4d
-s4/64d

二段目の商と廉の一段目を乗算し、三段目の法をえる

$$ \frac{s^{2}}{16d} \times -4 = \frac{-s^{2}}{4d} $$

s/4 0 4d -4
s2/16d -s2 / 4 , +s^/d -2s
-s3/8d -s2/4d, -s2/4d
-s4/64d

商の列を足しあわせればそれが求めていた2次方程式の近似解のようだ。

$$ s = \frac{s}{4} + \frac{s^{2}}{16d} $$

この手順の箇所だけ読んだせいか一般的な規則がいまいち掴みきれないが、 "和算書「算法少女」を読む" にあった組み立て法にて2次方程式を解いている手順はこ れではないかと考えている。ただ、皈除得商術 = 組み立て法 という直接 的な記述はWebで検索した限りでは見つからなかった。

所感

和算書というものに触れる機会はいままでなかった。整数論の本からの脱 線で少しだけ18世紀の日本の数学を調べることになった。目的を持って読 書や調査をすることもよいが、少し脇道に逸れてある程度の時間を割けば いままで縁遠いと感じていた世界が身近に感じることができるかもしれな い。

参考文献

Ash, A., and R. Gross. 2019. *1足す1から現代数論へ: モジュラー形式への誘い*. 共立出版. https://books.google.co.jp/books?id=laroxweacaaj.
Kikuchi, D. 1896. “SEKI’S Method of Finding the Length of an Arc of a Circle.” *Tokyo Sugaku-Butsurigaku Kwai Kiji* 8 (5): 179–98. https://doi.org/10.11429/subutsukiji1885b.8.179.
*算法少女*. 2006. Math & Science. 筑摩書房. https://books.google.co.jp/books?id=nuckaaaacaaj.